アニメられる日々

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すべてがFになる THE PERFECT INSIDER 5話

真賀田博士との面談で、両親を事故で亡くした自身の気持ちを問われたときのことを夢に見、目覚めた萌絵。朝から苛立ち気味の彼女はその気持ちに任せるように、前日に夫を殺された新藤夫人に真賀田博士のことと15年前の事件のことを質問する。

両親を亡くしたときの孤独を思い出し、涙する萌絵の「人は何のために生きるんですか」に対して「こういう時にひとりで立ち上がれないような人間になっちゃいけない」と犀川。このような厳しさは森博嗣さんの特徴のひとつで、振る舞いはスマートだけども甘くはないという、こんな先生がいたらいいな的なキャラ及び作者に魅力を感じるファンも多いのでは。

「自給自足でナイフ一本で~」という新藤の夢をサバイバルナイフで叶えようという真賀田四季、字面だけだといいじゃないのと思えるところがなんとも洒落てる。洒落てるからその手段の恐ろしさが際立つ。萌絵と犀川の時間での物語と、それから15年前の四季と新藤の時間での物語の歩調が見事に噛み合っている。

四季と新藤の関係と、萌絵と犀川の関係をシンクロさせることで、四季の異質さを効果的に際立たせている。四季に同調する犀川の異質さも同時に際立つ。そして、その「異質さ」というものが、萌絵ならびに一般的な常識を持つ人々にとっての「異質さ」であることを萌絵と犀川のディスカッションの中で提示している。

犀川は成長の過程で「人格を統合する」ことを「人間らしくない」としている。「人格を統合する」は「価値観や倫理観を整えて自身の常識とする」あるいはもっと単純に「自分のキャラを決める」と置き換えてもいいかもしれない。それが「人間らしくない」というのは個人的には異論があって、むしろ人間らしいんじゃないかと思えるんだけど、それはまた別な話なので置いておく。

ともかく犀川は「四季とはそういう人間である」と言いたいだけで、それの良し悪しや好き嫌いは別の話だよ、と言ってるんだけど、犀川への想いを話の流れでさらりと盛り込んだのに、それを「不自由」とされたことに苛立ちを加速させる萌絵と話が咬み合わない。ここで面白いのは、森博嗣さんはおそらく犀川と同じ思考をする方だと思うのだけど、萌絵のような考え方も同時に持ち合わせてるということ。「いろんな人格を人は持っているのだ」がしっくり来てしまう作話の妙。

真賀田博士や新藤博士の殺害事件を解決するにあたって、今回のような作業は必要かといわれると、必ずしもといった感じだけども、こういった事件に巻き込まれた面々が今回のようなやり取りをするというところに本作の魅力がある。本作は、自身の固定観念を再確認してアタマのコリをほぐすエクササイズとして楽しむのもいいかもしれない。