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コンクリート・レボルティオ 超人幻想 10話

25世紀。タイムパトロールのスーパージャガーは自由歴史主義を掲げる犯罪の取り締まりのため、過去にタイムスリップする。遡行先の神化43年4月では、ひとりの老人が、騙された恨みから超人詐欺グループを拘束、武器を手に立てこもる事件が発生していた。警察と超人課が犯人と睨み合うなか、突如謎の武装組織が介入。「I・Q」と呼ばれる彼らは、恨みから凶行に及んだ老人も詐欺グループの超人たちもまとめて「悪」と断定、無慈悲に処刑して去っていった。一方、輝子は現場で見かけたジャガーを不審に思い声をかける。

現実の時間より半世紀前という時代を主な舞台としてきた本作。今度は約400~500年後からスタートと、思い切った跳躍。時間をあやつる兵馬ことジャガーは、そのニックネームどおりジャガーのように獣化することから、未来から来たネコ型ロボット「ドラえもん」のオマージュなのではという説があったが、今回の「タイムパトロール」でその説が補強された様子。何度かタイムトラベルを繰り返しているらしいジャガーが、輝子が捕えたもう一人のジャガーとドタバタする件などドラえもんでよく見た光景。もっとも、今回もこれまで同様オマージュ以上の含むところはないのだけども、超人にタイムスリップにとアニメらしい飛躍した楽しい光景。タイプスリップを繰り返すジャガーがその時代に複数いることに気付いて捕まえちゃう輝子など、重くなりがちなテーマに清涼感を与える輝子の存在が有難い。

後に超人課を去る爾郎と超人化のジャガーとの対立で、ジャガーが振りかざした「大人」、これが今回のキーワード。爾郎のエクウスを作ったのがジャガーだったことが明かされて、そのデザインを「子供っぽい」と笑美が評するところからジャガーの内面に踏み込んでいく。

タイムパトロールとして派遣されたジャガーは、25世紀には超人がいない、そんな世界を変えたいという思うようになり、職務を遂行するより過去を改変したほうが手っ取り早いと考え、タイムパトロールを脱して再び過去に遡り「I・Q」を設立する。それが失敗に終わり、三度過去に遡り今度は「超人課」を設立する。自身の夢なり希望なり信念なりからテロリストとなり、その失敗や、おそらく爾郎たちとの出会いから過去の自分を反省、成長し、過ちの償いや精算をするため行動するという流れ。

「I・Q」のアキラことジャガーは、大義のためには犠牲を厭わない、それが「大人」であると嘯いていた。エクウスのような手足のあるロボットのデザインのロマンを「子供っぽい」と軽蔑するところにいささかの疑問なり本心の糊塗なりも見せない演出が、重症な確信犯であるという印象を強くしている。そんなアキラの痛々しいいびつな成熟を、白か黒かでなくグレーな部分もあると折り合いをつけられるくらいに内面的に成長したジャガーが刈り取る。

この回だけを観ていれば、大人ぶってた子供が大人になったという成長譚でさほど驚きはなかったのだけど、これまで超人課を去った爾郎に対して敵対する超人課のジャガーが、いわゆる子供にとっての敵である大人めいて「大人」を振りかざしてきたシーンの積み重ねがあったからこそ、今回のエピソードは素晴らしいサプライズを演出できた。超人課をジャガーが作ったというのもまた驚きで、黒幕感を漂わせてきた秋田や人吉、そして超人課への印象もガラリと変わった。これでまたジャガーや秋田、人吉…爾郎が去った後の超人課への印象を修正しなければならない。なんて楽しい作業なんだろう!

「25世紀に超人はいない」これが何を意味するのか、多くは語らなかったジャガーだけど、想像するに「人類」が人工的に超人的に進化した時代なのだろう。それは人類が超人の支配に成功したことや、完全な管理統制社会が実現したことも示唆している。25世紀に戻ったジャガーが上司に「25世紀に超人は居ますか?」と問うたとき、上司が見せた不敵な笑みは何を意味するのか…「不敵な」という時点でポジティブなものでないのは明白であるからそれだけわかれば十分だろう。ともかくそんな世界にいたジャガーが、神化43年の空気を吸って自由に憧れても不思議ではない。「大人」にこだわるのも、管理統制社会では下位の者は「大人」でいる必要がないからなのかもしれない。

自由であろうとして、大人であろうとして、幾度の失敗を重ね、今に至る。そこに、爾郎含む超人化との出会いによる発見があったことが伺える、これまでのひとつの集大成のようなエピソード。そんなジャガーがどういう心境で超人課を去った爾郎を見据えているのか。ひらけた新たな視界に興奮を覚える。